子どもの日本語教育研究会 研究企画委員会 Project-B 活動報告 公開読書会

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子どもの日本語教育研究会 研究企画委員会 Project-B 活動報告 公開読書会(1 202518日実施『OECD Future of Education and Skills 2030Conceptual learning framework Concept note : Student Agency for 2030』(仮訳「2030年に向けた生徒エージェンシー」)

プロジェクトBでは、多様な言語的・文化的背景をもつ子どもたちが学習や社会的活動に参加する過程において、どのようにことばを発達させていくのかを、「参加とことば」をテーマに継続的に検討しています。今回の読書会では、OECDの「Education 2030プロジェクト」が示す生徒像と学びの在り方に着目しました。なかでも、「2030年に求められる生徒像」の中核として位置づけられている生徒エージェンシー(Student Agency)~変革を起こすために目標を設定し、振り返りを行いながら、責任ある行動をとる力~を主に取り上げました。

子どもたちの日常を見渡すと、学校や地域社会において、このエージェンシーが必ずしも十分に発揮されていないのではないかと感じられる場面が少なくありません。言語的・文化的多様性やさまざまな社会的背景のもとで、エージェンシーがどのように育まれていくのかは、子どもたちが学び手として直面する重要な課題であると考えます。そこで本読書会では、こうした背景をふまえ、子どもたちのエージェンシーをどのように捉え、支え、培っていくことができるのかを検討することを目的として企画しました。

当日は、全国各地から、外国にルーツをもつ子どもたちや学習者の学びと成長にさまざまな立場・場面から関わっている方たちが参加してくださいました。小学校・中学校・高校における日本語教育や国際教室での実践、地域日本語教室や国際交流協会での活動、大学における日本語教育や教員養成、さらには学校と地域をつなぐコーディネートの役割など、参加者の関わりの場は多岐にわたっていました。

 進行としては、まず読書会の趣旨がプロジェクトBのメンバーから共有され、その後、参加者は5つのグループに分かれてディスカッションを行いました。そこでの主な内容は、「資料を読んでひっかかりを覚えたところ」「現在それぞれが関わっている実践の中で、子どもたちのエージェンシーをどのように培うことができるか」、さらに「子どもたち同士・保護者・教師を巻き込みながらエージェンシーを育む実践とはどのようなものか」といった点です。各グループでは、メンバーの関心や実践に基づきながら、複数の筋に渡る検討が進められました。以下では、当日のPadletでのメモおよび全体共有での報告を踏まえ、各グループの話し合いの概要を報告します。

 

  • グループ1

テキストの中の「好きなこと・関心のあることを学ぶこと」と生徒エージェンシーの関係について、意見が交わされました。「好きなことを学ぶことは生徒エージェンシーから外れるのではないか」という記述に違和感を覚えたという声があり、子どもにとっては認知・行動・情動を切り分けて学ぶことが難しい場合もあるため、「楽しい」「やりたい」と感じながら活動すること自体に主体性が含まれるのではないか、という指摘がなされました。一方で、目標から逸れてしまう可能性や、生徒エージェンシーが大人からの押し付けになってしまう危険性についても共有されました。また、日本語学級や地域の支援の場において、子どものエージェンシーを育むことの難しさについても議論されました。子どもの「やりたい」という声を拾い、探究的な学びにつなげたい一方で、支援者側が子どもを一面的に捉えてしまうことが、エージェンシーの涵養を妨げる要因になりうることが指摘されました。自分で決める・選ぶ・つくることが可能となる環境づくりや、子どもの判断や思いを「声」にして表現できる場を保障することの重要性と、日本語教育・ことばの教育に関わる者としての責任が共有されました。

 

  • グループ2

社会経済的に不利な状況にある子どもたちのエージェンシーをどのように支えることができるのかについて、保護者の状況や参加の条件に着目した議論が行われました。生徒エージェンシーの目標そのものは重要であるという認識が共有される一方で、夜勤などで保護者が多忙な家庭では、地域の学習支援や活動に参加すること自体が難しい子どもがいること、また日々の支援の中では基礎的な学びを支えている現状があることが語られました。そうした条件のもとで、生徒エージェンシーの議論をどのように結びつけて考えていけばよいのかについて、戸惑いや模索の声がありました。こうした状況をふまえ、学校の中に地域の支援者が入り込むことや、放課後などに親の送迎がなくても参加できる仕組みをつくること、オンラインを活用しながら複数の支援の形や選択肢を提示することの重要性が共有されました。また、子どもだけでなく保護者自身が教育について考え、関われるようになるために、気軽に話せる場や関係性をこちらから築いていく必要性も共有されました。子どもと大人がそれぞれの立場で主体的に関わり合うことが、エージェンシーや共同エージェンシーを育む基盤になるのではないかという点で意見が重なりました。

 

  • グループ3

学校および地域の場において、多様な言語的・文化的背景をもつ子どもたちが、どのように学校生活や学習に参加していけるのかについて、具体的な経験が共有されました。学校では、通訳や取り出し指導を行っていても十分な支援が得られない状況があり、子どもが学校に慣れ、授業に参加していくことの難しさが語られました。また、日本語取り出し指導を受けている子どもも共に参加できる授業実践がどの程度行われているのか、という問いも出されました。一方、地域の日本語教室では、学校に比べて制約が少なく、子どものペースに合わせた活動ができることや、遊びを含めた活動の大切さが共有されました。ただし、子どものための地域日本語教室は多くはなく、保護者の関心や経済状況によって学びの機会に差が生じている現状も指摘されました。さらに、地域日本語教室が親子で時間を共有したり、保護者同士が交流したりする場となっている事例や、自治体によってはプレクラス制度があるもの、また、遠方に住む保護者が子どもの送迎のため地域日本語教室に来てそのまま日本語の勉強に取り組むケースが紹介されました。こうした学校と地域それぞれの条件の違いをふまえ、子どもたちの参加や学びをどのようにつないでいくことができるのかについて、参加者の間で考えが交わされました。

 

  • グループ4

生徒エージェンシーの前提や使われ方をどのように捉えるべきかについて、クリティカルな観点を含めた議論が行われました。OECDは先進国を中心とした枠組みであり、経済界からの要請やグローバリズムの影響が強く反映されているのではないか、教育は中立ではありえず、何らかの意図が含まれていることを自覚的に捉える必要があるのではないか、といった問いが出されました。こうした観点から、生徒エージェンシーを金科玉条として受け取るのではなく、批判的に検討することの重要性が指摘されました。エージェンシーに関する具体的な事例として、日本語指導を受けている子どもが学級の委員長を務めた経験や、多言語スピーチ会への参加を通して自己肯定感を高めた事例が紹介されました。その際、本人の資質だけでなく、周囲の大人や仲間からの承認、複数の人が関わる場づくりが大きな意味を持っていたのではないか、という見方が共有されました。「輝く」ことや高いパフォーマンスを前提とする価値観への違和感や、「いま辛い」「助けてほしい」と言える環境、声や行動、絵など多様な表現が受け止められる環境づくりが共同エージェンシーにつながるのではないか、という点が話し合われました。

 

  • グループ5

生徒エージェンシーを「身につけさせるべき能力(コンピテンシー)」として捉えるのか、それとも、今ある子どもの状況や力を捉え直すための視点や共通言語として用いることができるのか、という点をめぐって議論が行われました。特に、「基礎的なスキル」や「注意深くデザインされた支援」とは具体的に何を指すのかについて、多くの疑問が共有されました。読み書き能力や数学的リテラシー、社会情動的スキルといった基礎的なスキルが挙げられているものの、それらを日本語での力に限定して捉えてしまうと、社会経済的に不利な状況にある子どもたちの力が見えにくくなってしまうのではないか、という指摘がありました。母語でできていることや、すでに身につけている力も含めて捉える必要があるのではないか、という視点が共有されました。また、高校における「基礎」と「探究」の科目のあり方にも触れながら、暗記によって知識量を増やすことよりも、探究を通してものの見方を養い、専門的な知識につなげていくという考え方との関連が話題となりました。子どもたちには本来できることが多くあるにもかかわらず、その一部しか見えていない状況がある中で、生徒エージェンシーという概念を、子どもの力を多面的に捉え直し、関係者同士で話し合うための共通言語として用いることができるのではないか、という点が話し合われました。

 

 以上のグループでのディスカッションの後、最後に全体で各グループの内容が共有されました。その中では、日々の実践のなかで子どものエージェンシーを培う具体的な取組があらためて紹介されるとともに、子どもの母語の重要性についても確認されました。今回の読書会は、子どもたちが学びの場にどのように参加し、声や表現を通して、力(エージェンシー)を育んでいくのかを、私たち自身も実践と協働を通して、いわば共同エージェンシーを培いながら考える営みであったとふり返られます。ご参加くださったみなさま、ありがとうございました。

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