「子どもの日本語教育研究会2024 研究会・京都」のご報告

2024年10月14日(日)に、緑豊かな京都教育大学で「子どもの日本語教育研究会2024 研究会・京都」を開催いたしました。暦の上では秋ですが、半袖姿の参加者も見られました。このような秋晴れの三連休中日にもかかわらず、約100名近くの方がご参加くださいました。

研究会では、午前10時半から正午までの実践・研究発表(ポスター発表)と午後1時15分から午後3時半までのパネルディスカッションを行いました。以下、それぞれのセッションについて、会場の写真と事後アンケートで寄せられた皆様のお声を合わせて、ご報告いたします。

京都教育大学会場    開会式:浜田麻里実行委員長の挨拶

ポスター発表の様子

【実践・研究発表(ポスター発表)】
今回の研究会では、「非認知能力と子どものことばの教育」を全体のテーマとしましたが、午前のポスター発表では、実践発表が5本、研究発表が3本の計8本の発表が行われました。「非認知能力」とは「知識」とは異なる、「粘り強さ」や「好奇心」など人が幸せな人生をおくるために重要な能力とされています。ポスター発表では、非認知能力にかかわることばの学びの実践的な取り組み、例えば、学びに向かう姿勢や力を育てるプレスクールの実践、日本語が十分にできなくても本への好奇心を育み、知的刺激を可能とする読み聞かせの実践、高校生の主体的な活動を通して非認知能力を育むための実践などが、具体的な教材・教具、映像・写真画像等とともに実践活動の場の臨場感をもって紹介されました。

参加者からのアンケートにおいても「特に参考になった内容」について「ポスターセッション」と回答された方が多数いらっしゃり、「実践の内容が具体的で参考になった」、「日本語教育を多角的に捉えた発表が多く大変勉強になった」、「聴覚障害教育の実践が日本語教育にも生かせるということがわかった」、「子どもの主体的な参加についてどのように促せるかということを考えるきっかけをいただいた」というお声をいただきました。

しかし、ポスター発表の進め方については、いくつか課題が残りました。対面での開催だったので「質問がしやすかった」、「交流ができた」というご意見もいただきましたが、人が集中したポスターではポスターが見えづらかったり、発表者の声が聞きづらかったりといった問題も生じました。また、90分間の発表時間に8本すべての実践研究発表を同時に行ったため、発表者が他の発表を聞くことができませんでした。さらに、今回の発表者の中には初めてポスター発表に挑戦された方もいらっしゃったので、90分間の発表時間の使い方や発表の仕方について質問が出され、戸惑われた様子もうかがえました。事後アンケートでは、今後もオンライン開催より対面開催を望む回答が多かったので、今後は、事前に発表者向けのガイドを準備するなど、ポスター発表の在り方を改善していきたいです。

 ポスター発表の様子

【パネルディスカッション】

 パネリストの皆さん

午後は、子日研の研究・企画委員会プロジェクトBによる「非認知能力と日本語の学習・教育-アイデンティティを捉えなおす-」をテーマにしたパネルディスカッションを行いました。今期、プロジェクトBでは「非認知能力」に注目して「参加とことば」について考えてきました。特に、このパネルでは、公開読書会でも取り上げたボニー・ノートンの『アイデンティティと言語学習-ジェンダー・エスニシティ・教育をめぐって広がる地平』(2023年、明石書店)を子どもたちの日本語学習の文脈で捉えなおすべく、パネリストに翻訳者である中山亜紀子さんと教育心理学の動機づけをご専門とする赤松大輔さんをお招きしました。まず、パネルディスカッションの冒頭で、中山さんにノートンによるアイデンティティ概念を紹介してもらいました。その後、プロジェクトBメンバーの立山愛さんが変容する中学生のアイデンティティの事例を、河野あかねさんが子どもの葛藤の背景にある保護者の葛藤の事例を、ノートンの理論に照らし合わせながら読み解いたものを紹介しました。最後に、赤松さんからは教育心理学における動機づけ研究の紹介とそれを踏まえた各事例へのコメントがありました。

ノートンは成人の移民女性たちのダイアリーからアイデンティティ概念を考察していますが、子どもの文脈においても言語習得は単に学習者の努力と献身で獲得する技能ではなく、アイデンティティが関わる複雑な社会的実践であることを、パネルディスカッションを通して改めて確認できました。また、子どもの場合、その社会的実践の場の多くは学校や教室であり、周囲にいる教育者や保護者のアイデンティティの捉え方、教育的アプローチの仕方が言語学習に大きな影響を与えることについても、さまざまな視点でディスカッションできました。

参加者のアンケートを見ると、「子どもの支援の実践と学術的な知見を関連づけてお話しいただき、理解が深まりました」、「ノートンを一読したところでしたので、パネルセッションで内容のまとめや解釈の話をしていただけて大変助かりました」、「アイデンティティの葛藤は、学習者や子どもだけがかかえているものではないことがわかりました」、「ノートンの著書には大変興味を持っていたので、理論と実践双方からお話が聞けてよかった」というご意見をいただきました。特に、同書は大変ボリュームがあり、内容も濃いので、私たちプロジェクトBメンバーも読書会では、具体的な事例とともに抽象的な概念をイメージしたり、議論を繰り返したりして理解を深めましたが、参加者からも同様に、「ひとりではうまく理解できるか自信が持てなかったが、ワークショップで様々な実践やキーワード、心理学の知見をいただいたので、それらを手がかりに読み進めたい」という嬉しいお声もいただけ、ワークショップを開催したねらいは、おおよそ達成できたように思いました。一方で、パネルディスカッションにおいても、ポスター発表同様に、時間配分ならびに進め方については課題が残りました。特に、パネルについての質疑の時間や意見交換の時間を十分にとることができなかったので、参加者とともに考え、語り合う運営の在り方を検討する必要があると思いました。

 パネルディスカッションの様子

事後アンケートの最後の設問にも記載しましたが、子日研は現在会員制へ移行を検討しています。今回は経費削減をねらい、会場一部屋での実施を試みました。特に、ポスターセッションからパネルセッションへの会場設営では、お手伝いスタッフを雇用することなく、参加者の皆さんにも机と椅子の移動を協力していただきました。参加者全員で協働作業をしたことで、手作りの会を体感でき、アットホームな雰囲気の会になったように思います。

今回、プロジェクトBの実行委員メンバーの半数が、こうした全国レベルの大会運営が初めてであったり、不慣れだったりしたことから、至らぬ点も多々あったかと存じます。これまで子日研の研究会や大会開催においては、事務局はじめ、特定の委員の皆さまに頼りきりだったことにも改めて気づかされました。会員制へ移行が検討されている今、こうした研究と実践の相互交流ができる場を維持し、発展させていくために、会員のひとりとして何ができるのか考えていきたいと思いました。今後も新たな試みに挑戦しながら、一緒に研究会を盛り上げていただけたら嬉しいです。

(「子どもの日本語教育研究会2024研究会・京都」実行委員・プロジェクトBメンバー 髙橋美奈子)

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